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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)765号 判決

控訴人 同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 岡崎真雄

右訴訟代理人弁護士 木宮髙彦

安藤猪平次

芥川基

模泰吉

長谷川京子

野邊博

被控訴人 沢田孝雄

右訴訟代理人弁護士 原田豊

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に補正・付加するほかは原判決事実摘示欄の記載と同じであるから、これをここに引用する。

(原判決の補正)

1  原判決三枚目裏九行目の「従業員」の次に「に」を挿入し、同一〇行目の「検車証」を「検査証」と、同一二行目の「同月」を「同年七月」と、それぞれ改める。

2  同四枚目裏二行目の「受信」を「受領」と改め、同一一行目の「意思表示した」を「意思表をした」と改め、同行目の「いうべきである。」の次に「すなわち、控訴人は甲第二号証の自動車保険承認証において昭和五九年七月一四日を異動日とする承認をしたわけであるが、右承認証は単なる証拠証券ではなく意思表示の内容を表す契約書そのものである。保険契約の性格上このような保険証券に記載された日付その他の外観を基準として入替承認の意思表示の内容を律するべきであり、何よりも控訴人は前示事実関係に明らかなように右外観に副った効果意思をもっていたものであるから、控訴人はその保険責任を負うべきである。」と挿入する。

3  同六枚目表二行目の「全但トヨタの営業部長」から次行全文を次のとおり改める。

「保険契約上の被保険自動車入替の効果は、契約者が保険者に対して被保険自動車の変更承認の裏書を請求し保険者がこれを承認した時に発生する(乙第一〇号証、一般条項六条二項)。車両入替という保険契約の内容の変更が効力を生ずるには同契約の当事者間に右変更の合意が成立することを要するのは当然である。もっとも、同条二項は保険者が契約者の承認請求書を受領した後から危険を引き受ける旨を定める。

ところで、昭和五九年七月一六日全但トヨタの営業部長倉見三千男が被控訴人の自動車入替承認裏書請求書(乙第四号証)を受付」

4  同六枚目表八行目の「の記載は」の次に「車両入替の意思表示とは別個の単なる表記上の」と挿入し、同一〇行目の「負う旨意思表示した」を「負う旨の意思表示をした」と改め、同一一行目冒頭の「倉見は」の前に「なぜならば、第一に」と挿入し、同末行の「説明している。」の次の「また、」を次のとおり改める。

「被控訴人は現代における自動車運転者として自家用自動車保険普通保険約款に関する一般的な知識を有すると見るべきであるほか、同人はこれまで一度ならず車両の入替をしてその保険手続をした経験があり、右約款上の諸手続を総て了知していたものである(乙第一七、第一八号証)。また被控訴人は遅くとも昭和五九年七月一六日には、その前日における交通事故について控訴人がその保険責任を負わないことを知っていた。そこで被控訴人に対する車両入替の承認について外観法理の適用を論ずべき余地はない。第二に、」

5  同七枚目裏四行目の「保険責任を負ういわれはない。」の次に以下のとおり挿入する。

「第三に、前記のとおり車両入替承認の効力発生日は自家用自動車普通保険約款一般条項六条二項により車両入替承認裏書請求書を受領した日であると定められているので、控訴人が右約款の規定に反する別異の内容の入替承認の意思表示をすることはあり得ない。そもそも右承認の意思表示とは裏書請求のあった入替自動車を被保険自動車とすることに対する承諾だけを内容とするものであり、それを超えて入替自動車の付保の時期を何時にするかという事柄を内容とするものではない。この意味において、倉見営業部長が乙第三号証の承認裏書請求書の異動日欄に昭和五九年七月一四日と誤記したことは、右入替承認の意思表示とは別個の単なる表記上の過誤に過ぎず、意思表示の錯誤の問題とはならない。

第四に、当然のことではあるが、控訴人の保険代理店には保険契約内容の変更を承認する権限はなく(乙第五号証、損害保険代理店委託契約書)、代理店が契約内容の変更を認めるような行為に出ることはなく、本件において全但トヨタがそうした行為をしたことはない。以上の次第であるから、」

6  同七枚目裏一〇行目の次行に以下のとおり付加する。

「三 抗弁

仮りに、車両入替承認の効力発生日を昭和五九年七月一四日とする合意が当事者間で成立したと認められたとしても、控訴人は入替承認裏書請求書(乙第四号証、自動車保険承認請求書)の異動日欄の日付「昭和五九年七月一四日」が誤記によることを知らず、右当日に入替承認裏書請求行為があり同日それを受領したものと信じて、七月一四日を異動日とする自動車入替承認証(甲第二号証、自動車保険承認証)を作成し、被控訴人に送付した。右請求書の受領日の誤認は危険引受の始期(異動日)の誤認にほかならず、それは車両入替承認行為の重要な要素である。したがって、異動日を七月一四日とする入替承認の意思表示は要素の錯誤により無効であり、現実に右承認請求を受領した日を異動日として承認するのが控訴人の真意であるから、右承認行為は実際に乙第四号証の承認裏書請求書を受領した七月一六日を異動日とする承認としての効力を有するにとどまる。

四 抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

控訴人は、被控訴人が昭和五九年七月一六日に車両入替承認の裏書請求の手続を行ったこと、同月一五日本件新自動車により交通事故を惹起したこと及びその事故内容を知悉しながら、被控訴人に対して七月一四日を異動日とする承認をしたのであるから控訴人と被控訴人間の合意には何らの錯誤もない。

五 再抗弁

仮に然らずとしても、控訴人は前示事実関係のもとに異動日の日付の誤りに気付かないまま車両入替承認をしたことは表意者である控訴人に重大な過失があるというべく、自ら錯誤による無効の主張をするのは許されない。

六 再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。」

(控訴人の当審主張など)

1  被控訴人の当審主張など1、2は争う。

2  普通保険約款は、保険契約者の知・不知を問わず、これを拘束する効力を有するものであるが、その作成変更につき主務大臣の認可を要するとされる趣旨は、右のような拘束力を有する約款が保険業者の恣意により作成されることを防ぎ、約款の内容を適法かつ合理的ならしめて保険契約者の保護をはかるためである(保険業法一〇条)。このように普通保険約款にあっては公平合理的な内容を担保するためのいわば制度的保障が確保されており、各保険会社に共通する約款内容となっている。単に企業が一方的に作成する一般の普通取引約款と同列に見てその効力を否定・変更すべきではない。

3  自動車保険契約は被保険自動車を特定して契約するものであり、被保険自動車を入れ替えることは契約内容の重要事項の変更である。したがって、旧自動車の保険契約の効力を新自動車に及ぼすためには、新規に特別の合意を要するのであるが、車両入替制度は、保険契約者の便宜を図り、用途・車種を限定して例外的に簡易手続を設けて実施しているものである。したがって、車両入替制度に関する約款一般条項六条の規定(乙第一四号証)の趣旨は契約理論上当然のことを明文化して手続規定を設けたものであり何ら保険契約者の利益を制約するものではない。

右約款(乙第一四号証)の特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約二条の趣旨は、余儀ない事情から自動車の入替手続を遅滞した保険契約者を救済するためにモラルリスクなどの弊害の発生を予防し、適正に被害者救済の目的を実現するために一定の手続猶予期間を設けたものである。この猶予期間を何日間にするかはすぐれて技術的分野の問題であり危険の増大等による契約の失効・解除とは全く別個の問題である。

仮に著しい危険の増加を伴わない場合には右自動担保特約二条に定める三〇日という手続期間の制限は無効であるとする解釈を採ってみると、まず約款の効力を「場合無効」の考え方で処理しようとすること、第二に危険の増加という契約締結後の事情により約款条項の効力そのものを左右しようとする誤りがあることが容易に判明するのであって、到底支持できないものである。

(被控訴人の当審主張など)

1  昭和五九年七月一六日被控訴人は全但トヨタの倉見営業部長に本件事故について本件保険の適用の有無を質問したことはなく、また同部長から本件新自動車の本件事故について本件保険契約の適用はなく保険金は支払えないと言われたことはない。被控訴人は同日、七月一五日の本件事故について保険が適用されるように依頼し、倉見はこれを承知して七月一四日を異動日とする自動車入替承認裏書請求書(乙第四号証)を作成し、控訴人、同但馬支店もこれを知悉したうえ甲第二号証の承認証を被控訴人に送付して七月一四日から保険責任を負担する旨の意思表示をしたものである。

また、被控訴人は自動車保険約款の内容を知らず、被保険自動車の入替における自動担保特約も全く知らなかった。

2  本件において控訴人は被保険自動車の変更の承認の裏書をし、その異動日は昭和五九年七月一四日であるから、約款六章一般条項六条(被保険自動車の入替)の適用がある。そして約款の特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約二条(入替自動車に対する自動担保)の規定は、交通事故が起きた後においても入替手続をとれば保険の効力が及ぶとするもので、被害者の救済に大きな役割を果している。もっとも、本来商法六五〇条、六五六条からは、旧自動車を廃車にしそれと同様の新自動車に入れ替えた場合には何らの危険の増加もないのであるから、交通事故の後に手続をとっても保険の効力は及ぶと解される。この意味で右自動担保特約は当然の事理を定めるものであるが、「記載日から三〇日以内」に車両入替の変更承認の裏書請求手続をしなければ保険者は免責されると定める部分は契約者にとって極めて苛酷なものであり、この部分の約款の規定は無効である。したがって、右特約は入替自動車の自動車検査証に記載された日から約款を適用するものと解釈すべきが正当である。かかる解釈は商法六五〇条、六五六条に適合し、普通契約約款の解釈としても適正であり、自動車保険の社会的経済的効用の点からしても妥当なものである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の各事実及び被控訴人が昭和五九年七月一六日控訴人の代理店である全但トヨタに赴き車両入替承認裏書の請求手続をとったのち、控訴人が被控訴人に対して甲第二号証の自動車入替承認証を送付して入替承認の意思表示をしたことまでの事実に関する認定説示は、次に補正・付加するほかは原判決理由一ないし三(原判決八枚目表一行目から同一一枚目裏五行目まで)の認定説示と同じであるから、これをここに引用する。

(原判決の補正)

1  原判決八枚目表九行目の「五号証、」の次に「第一四号証、」と、同一一行目の「七月一六日」の次に「(月曜日)」と、同末行の「同月一五日」の次に「(日曜日)」と、同枚目裏一〇行目の「自動車検査証」の次に「(乙第二号証)」と、同一二行目から末行の「自動車入替承認裏書請求書」の次に「(乙第四号証)」と、同九枚目表四行目の「右請求書に基づいて」の次に「コンピューター処理をして」と、同五行目の「自動車入替承認証」の次に「(甲第二号証)」と、同一一行目の「自家用自動車保険普通約款」の次に「(乙第一四号証)」と、同枚目裏六行目の「被告は」の前に「「」を、同一〇枚目表一行目の「た場合」の次に「(以下、「自動車の入替」といいます。)」と、その次の「に」の次に「、」を各挿入する。

2  同一〇枚目裏九行目の「知らなかった。」の次に「《証拠省略》によれば、被控訴人は昭和五六年一一月一一日控訴人との間で自家用自動車(八八姫路い六四六)について保険期間を右同日から昭和五七年一一月一一日まで一年間とする自家用自動車保険契約を締結したところ、昭和五七年六月一五日同車を運行中交通事故に遭い自車を破損したので、三〇日以内の最終日である昭和五七年七月一四日に入替自動車(八八姫路い六三三七)を被保険自動車とする車両入替の裏書承認の請求手続をとったこと及びその後も車両を入れ替えたことがあることが認められる。しかし、個人で自動車を保有する者が車両の入替に当たり保険手続に関し書類を作成しその申請手続をするなどの具体的な事務を自らすることは必ずしも通常とは言い難く、むしろ保険代理店などが右事務手続などを代行することが一般的であることに鑑みれば、右認定の事実から直ちに被控訴人が右約款の特約条項⑥二条の制限内容までを知っていたと推認するには足りず、《証拠省略》から認められる自動車保険の普及率、その契約台数、自動車の初度登録年別保有台数と平均車齢から窺える車両入替の瀕度等を併せ考慮しても同様であり、他に被控訴人が右自動担保特約の制限内容を知っていたことを認定するに足りる証拠はない。」と付加する。

3  同一一枚目表一行目の次行に以下のとおり付加する。

「なお、控訴人の代理店全但トヨタの倉見営業部長が昭和五九年七月一六日被控訴人から前日における本件新自動車による本件事故について本件保険契約が適用されるよう依頼を受け、これを了解して遡って七月一四日を異動日とする自動車入替承認裏書請求書(乙第四号証)を作成してこれを控訴人但馬支店に送付した旨の被控訴人の主張(被控訴人の当審主張など1)は、前示原判決理由二1、2(原判決八枚目表一一行目から同九枚目表二行目まで)記載の認定説示のとおりであれば、これを認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。」

4  同一一枚目表二行目の「三」以下同枚目裏五行目までの全文を次のとおり改める。

「三1 前示二、2、3認定の事実関係によれば、①控訴人代理店の全但トヨタの倉見は、昭和五九年七月一六日、本件事故について本件保険契約は適用されないので保険金の支払いはできない旨を被控訴人に伝えたうえ爾後のことを考えて自動車入替承認裏書請求手続をとるように勧めたこと、②被控訴人は、右同日、本件新自動車について入替承認の裏書請求手続をとることを了解したうえで同請求書を右代理店に提出することとし、倉見もこれを受け付けたが、その際異動日欄に「昭和五九年七月一六日」に書くべきところ「昭和五九年七月一四日」と誤って記載したこと、③控訴人但馬支店を始め控訴人は右誤記載に基づいて其の後の手続を進めたので、被控訴人に本件旧自動車から本件新自動車への異動日を昭和五九年七月一四日とする自動車入替承認証(甲第二号証)を送付したこと、④控訴人は被控訴人に右承認証を送付したことをもって被保険自動車を右新自動車に入れ替えることを承認する旨の意思表示をし、被保険自動車の変更に合意したことが認められる。

2 次に、被控訴人は控訴人が昭和五九年七月一四日を異動日とする甲第二号証の承認証を送付したことをもって、右異動日を内容とする意思表示があったものと見るべきであると主張するので、以下これを検討する。

先ず、ここにおいて見るべき自家用自動車保険普通保険約款上の規定は一般条項六条(被保険自動車の入替)と特約条項⑥二条(入替自動車に対する自動担保)であり、後者は一義的な内容の条件を備えた場合に保険契約の遡及効を認めるものであって控訴人が右効力発生の時期について何らかの意思決定をする余地はないものであるが、前者は一定の事項について控訴人において審査したうえで承認の可否を意思決定すべきことを予定するものである。そこで、保険契約者の行う車両入替の承認裏書請求に対して保険者が承認の意思表示をしたときは、右一般条項六条との関連でのみなされるものと解すべきである。

さて控訴人と被控訴人間で右約款によらない旨を明示して本件保険契約を締結したというような特段の事情の認められない本件においては、右約款はその全部が右当事者間の保険契約の内容となると見るべきところ、車両の入替手続に関して控訴人は被控訴人に対して右自動担保特約のうち「記載日から三〇日以内」の制限内容に従わないことを明示的に意思表示したことは前認定の事実関係に徴して認め難く、さらには約款内容とは別の条件をとることを明示したうえで入替承認の合意を成立させた事実も認め難い。

してみれば、控訴人が被控訴人に甲第二号証の自動車入替承認証を送付してなした意思表示は、前示したように約款一般条項六条の関係でのみなされた意思表示であると見るべきである。このように解するときは、右承認証の異動日欄に記載される年月日は、客観的に確定している日付を手続上明確にするために記載されるものに過ぎず、それ自体右承認の意思表示の内容となるものではないと解するのが相当である。そうであれば、保険承認証の異動日に関する日付そのものを基準としてその外観上から右異動日(付保期間の始期)の日付を含めて承認の意思表示を検討すべき関係に立たないので、被控訴人の外観法理に関する主張は失当である。なお、右異動日を「昭和五九年七月一四日」と記載したのは倉見の表記上の誤りによること、被控訴人は昭和五九年五月二五日の記載日から三〇日以上が経過していること明らかな同年七月一六日に全但トヨタに赴いて本件保険契約の適用を質問したのちに爾後のために入替承認裏書請求書を提出したことは、前認定のとおりである。

3 したがって、控訴人が被控訴人に右承認証を送付したことをもって、本件保険契約の内容である約款の特約条項⑥二条の三〇日の制限に遅れた被控訴人の車両入替承認裏書請求書の瑕疵の治癒を認めて本件新自動車への右条項の適用を承認した、あるいは同月一四日以降被控訴人の本件新自動車の運行によって起きた本件事故の損害について控訴人が保険責任を負う旨の意思表示をした(被控訴人の当審主張など1の事実)ことを認めることはできない。」

二  被控訴人は約款の特約条項⑥被保険自動車の入替における自動担保特約二条(入替自動車に対する自動担保)の規定中「記載日から三〇日以内」に車両入替の承認裏書の請求手続をとるべきであるとの部分は保険契約者にとり極めて苛酷なものであるから無効であると主張する。そこで以下この点について検討する。

保険契約者が被保険自動車を入れ替え被保険利益が喪失したとされるに至った場合、商法六五〇条一項は自家用自動車保険にも類推適用されると解されるところ、同条項は右自動車の譲受人が保険契約上の権利を譲り受けるものと推定している。しかしながら、昭和五三年一一月一日に改定された自家用自動車保険普通保険約款は、その一般条項五条一項本文で商法六五〇条一項の推定を排斥したうえ、被保険自動車が譲渡された場合につき①自動車とともにする保険の譲渡制度(被保険者の変更、一般条項五条一項但書)及び②車両入替制度(被保険自動車の変更、一般条項六条)を設け、保険契約者にその自由な選択を委ねることにした。この点の改定(創設)は《証拠省略》によれば、一般に車両の入替の瀕度が高くなり保険契約者が被保険旧自動車を入れ替えるとき保険期間を残す保険契約を新自動車に利用したいと望む社会的要請に応えるためになされたものであり、保険契約者が所定の手続を踏めば入替自動車を被保険自動車として扱える途を制度的に整備して設けたものである。

そこで、保険契約者が自動車を譲渡・入替をした場合、①譲渡承認裏書請求手続、あるいは②被保険自動車変更の承認裏書請求手続のいずれかを選択することを基礎とする仕組みであり、右選択のない限り被保険利益のないままとなって、入替車両について右保険契約が効力を生ずることはない。保険契約者との関係では入替車両が被保険自動車となっていないことの当然の帰結であり、商法六五〇条一項と直接関連するものではない。

ところで、右一般条項六条によれば、自動車の入替があったとしても、保険者が入替承認裏書請求書を受領するまでは免責されるので、被保険者を保護し、ひいては交通事故の被害者救済に資するため、右条項を修正する特約条項⑥二条が新設された。これにより一定の条件を具備した契約者(特約条項⑥一条)に対しては、入替自動車の自動車検査証に被保険自動車の所有者の氏名が記載された日(記載日)から三〇日間は車両入替承認裏書請求が遅滞しても右記載日に遡及して旧保険自動車について契約されていた内容と同一条件で、仮に右三〇日の間に新自動車の運行による事故が発生していたとしても、担保することになった。このように保険契約に遡及効を認めるのは極めて例外のことであるので、前示諸要請に応えつつ保険制度の健全な発展を期するために合理的な制約条件を付することとし、「記載日から三〇日以内」の制約が付されたものと解される。この三〇日間の点は諸外国における同種の約款例と比較しても最長期に属すものであることは《証拠省略》により認められ、右改定約款は昭和五三年一〇月一九日大蔵大臣により認可されたものである。

以上によれば、右約款の特約条項⑥二条(入替自動車に対する自動担保)の規定は「記載日から三〇日以内」の制約内容を含めて合理的なものであり、商法六五〇条の適用を排除したうえ自家用自動車保険の契約者、被保険者の便益、保険制度の健全な発展、ひいては交通事故被害者の救済などの諸要請を均衡ある内容をもって実現すべく普通保険約款の諸規定と整合し緊密な関連性のもとに存立するものであり、被控訴人が主張するような契約者にとり苛酷な条項であると認めることはできない。また右規定は、車両の譲渡・入替をめぐる契約関係を契約者に選択を委ねつつ、各人の経済的利益に沿った運用を可能とするものであるから、商法六五〇条、六五六条、六五七条の立法趣旨と容易に比較衡量できるものとは言い難く、まして右法条の立法趣旨に照らして契約者に苛酷なものと断定しうるものではない。保険法上の信義誠実の原則に反するものでないこともまた明らかであり、結局、被控訴人のこの点の主張(同人の当審主張など2)は採用に由ないところである。

してみると、被控訴人が控訴人に対して乙第四号証の自動車入替承認裏書請求書を提出し控訴人がこれを受領した日は、前示記載日である昭和五九年五月二五日から三〇日を経過した後である同年七月一六日であるから、本約款一般条項六条及び特約条項⑥二条により、控訴人は被控訴人に対して昭和五九年七月一五日の本件事故により別府善治に傷害を負わせたことに基づき被控訴人が賠償責任を負うことにより被る損害について本件保険契約上のてん補責任を負うものではない。したがって、被控訴人の本訴請求はその余の点に触れるまでもなく、全部理由がないから、これを棄却すべきである。

三  よって、右と結論を一部異にする原判決は一部失当であって本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の右請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和勇美 裁判官 久末洋三 稲田龍樹)

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